Present
Present - (心・記憶に)あって、忘れられないで
閃光が鋭く炸裂して、熱風になぎ倒された僕は地面に打ちつけられる。全身を襲う強い衝撃に呼吸ができなくなって、それでも懸命に目を開けると、変身を解除され倒れていく神威くんの動きがまるでスローモーションのように見えた。彼の身体は重力に従って目の前に転がる。僕は駆け寄った。懸命に脚を動かしているのに身体はとても重く、まるで泥の中を泳いでいるような感覚だった。
「神威くん!」
彼の元にようやく辿り着いて身体を抱き起こす。神威くんは眠っているように目を閉じている。
「ねえ起きて、起きてよっ……」
伏せられた睫毛が震えることもない。僕はパニックを起こしながら彼を強くかき抱いた。
また攻撃が襲ってくる。……何の? 多分、カオスイズムの。くぐもった轟音が迫ってきて、自分が何を口走っているのかもわからなくなる。
父の形見のカオストーンを握って繰り返す。喉が潰れそうなくらい叫んでも、僕は無力で、君を守れなかった事実は退いてくれない。
そして、また閃光。目の前が見えなくなって——。
がばっと目を開けたら見慣れた天井にやわらかな白い光が射している。
上体を勢いよく起こしてから、自分が肌触りのいいパジャマに包まれていること、それが自室のベッドから見える光景であることを認識するのに、少し時間がかかった。
枕元には私用のスマートフォンと、もう一つ。夢だとわかっているけど、そのもう一つの方の画面を点けてなんの通知も来ていないことを確認する。
心臓がまだばくばくと、嫌に速く胸を打っている。最後にメッセージのやり取りをしたのは三日前だった。
(夢だ)
言い聞かせても自分を止められず、たまらず電話をかけていた。
神威くんは出なかった。きっとまた創作に集中しているのだろう、まだ寝ているのかもしれない、あるいはライダーフォンを置いて外出しているのかも——可能性は何通りだってあるのに不安が拭えなくて、焦った僕は電話を切り、すがるような思いで番号を選びなおして再びかけた。
「もしもし?」
相手は阿形さんだった。彼ならば電話に出てくれるだろうと思ってそうしたのだった。申し訳ないと思いながら挨拶もそこそこに口を開く。
「きゅ、急にごめんなさい。……えっと、神威くんって今そこにいる?」
「え? ああ、いるけど……」
安堵の溜息を吐きそうになって飲み込む。ああ、あれはちゃんと夢だったのだと、阿形さんの変わらない声が生々しい記憶の手触りを変えていく。
「どうした? 代わるか、電話?」
「ううん、大丈夫。ちょっと……また創作に没頭して、寝たり食べたり忘れてないかなって気になって」
本当のことは言えないまま、うわずった声で曖昧に誤魔化す。
「ほんと、ごめんね、突然……。何かあったら連絡ください」
起き抜けに変な調子でいきなり電話をかけたのに、阿形さんはいつもどおりに接してくれた。そのことに対する罪悪感と、悪夢に由来する自分の子どもっぽい衝動に後悔して、通話終了ボタンをタップしてからライダーフォンをベッドに放ってしまった。
軽く弾んでシーツに沈む端末。額に拳を当てる。じっとりと汗をかいていた。
あれは夢だ。敵の攻撃に倒れて、目の前で死んでしまう神威くんなんて、悪い夢なのだ。衝撃波も手にできた擦り傷も腕の中で失われていく温度も全部、嘘だ。
緊張していた身体が一気に脱力した。
夢でよかったと心から思う反面、いつかの未来なのかもしれないとも思っていた。
一人になるといつも考える。仮面ライダーとエージェントという生き方の違いについて。
僕たち——特に、僕と一緒に仮面ライダーの活動を始めた、アカデミー五期生だった彼ら——は一蓮托生、のつもりでいるけれど、人を超越した力をコントロールして戦う彼らと彼らをサポートするただの人間の自分の間には果てしない距離がある。
彼らは文字どおり命を賭して戦っているというのに、僕が実戦で身を削ることはない。
その事実がときどき僕の頭を重くさせるし、だからこそレオンは一度ああなってしまったのだろう。
こんなとき、父ならば。
父は五期生以前の仮面ライダーたちとどのような関係を築いていたのだろう。
彼らをヒーローではなく、未来の最終兵器にしてしまうのは、僕の手によって、なのではないか?
最近それが頭によぎっては、悪い予感に沈む。
(……暗いことばかり考えていても仕方ないよね)
もしもを想像し出したらきりがないことは、わかっている。そんな悲観的な結末に陥らないようにするために今日も頑張らなくてはいけない。
意識して深呼吸をする。目を閉じて、胸を膨らませるようにして吸い、少し止めて、長く吐き出す。
よし。
ベッドから降りて窓に向かう。カーテンを勢いよく開けた。ガラス越しの目が覚めるような青空に胸元の白いカオストーンを翳した。
太陽のようにそこになくては。できることはなんでもやる。
と意気込んでいた僕は、窮地と言って差し支えない状況にあった。
僕の目と鼻の先に、カオスイズムの戦闘員が構える銃口が突きつけられている。
工業地区の埠頭のそばでカオストーンの目撃情報があり向かったところ、持ち主はそこで遊んでいた年端もいかない女の子で、この子の説得にそれは骨が折れた。手が空いていたのがどう考えても子どもと相性の悪そうな神威くんだったこともあり、カオストーンを渡してもらえそうな気配がない。僕はなんとか声をかけ続けているけど、神威くんはもう会話を放り出している。
そんなとき、カオスイズムの戦闘員たちがやって来たのだ。
「その石を渡せ」
銃を手にした男たちに囲まれてみるみる怯えた表情になった女の子は、かえってカオストーンをぎゅっと握りしめる。
「やだ! わたしが見つけた宝石だもん!」
咄嗟に僕は、泣きそうな声で抵抗する彼女を庇って奴らの前に立っていた。
腕を広げて、視線に力を込めて睨み返す。神威くんとは何の連携もしていなくて無策だったが、こんな小さな子どもに対して平気で兵器を向ける奴らに対する怒りだけで身体が動いていた。
「おい!」
神威くんが焦ったように僕を呼ぶ。
「愚かだな」
冷たく言い放った戦闘員の銃から光が炸裂した。ほとんど反射で女の子を抱きしめて飛び退けると靴先すれすれを光線が掠めてアスファルトから煙が立った。どっと脂汗が噴き出して、心臓が痛いくらい駆け出している。
次に動いたら確実に撃たれる。撃たれたらどうなる? たしか伊織くんはひどい怪我をしていた。
緊張しすぎているのか、一瞬一瞬が引き延ばされたテープのように長く感じて、僕は胸に仮面ライダーの姿を思い描いていた。
僕はいつもその背中を追いかけている。追いつくことはない、エージェントの僕とは違う、それでもそれぞれの信念を背負って戦う背中だ。
そうやってなんとか自分を奮い立たせる。女の子の視界はきっと僕で塞がれていて、奴らが僕に注意している今のうちに、そう思ってアイコンタクトを送る。
「お前、何をしているっ……変身!」
僕の思いが伝わったのかはわからないが、神威くんは仮面ライダーに変身してくれた。向けられていた視線が幾分彼の方に移って、気が抜けると途端に膝が笑い出しそうになる。
ライダースーツに包まれた神威くんはアシンメトリーな左右のライズを振るい、たちまち戦闘員たちを蹴散らしていく。マゼンタとシアンの光の軌跡がきらきらとした海を背景に散っていくのが綺麗だと、場違いに思った。
それでも戦闘員たちは執拗に僕を狙い続けたが、歯が立たないとわかったのか撤退していった。
囮にすらなっていたかわからないが、とにかく僕の行動で彼女を守ることができた。きつく抱きしめていた腕を緩めると、女の子はわあっと声を上げて泣き出した。
「こ、こわかった、ぐすっ、う、わああん、」
「もう大丈夫だよ」
しゃがんで視線を合わせて、しゃくり上げる女の子の頭をそっと撫でる。
「ごめんね。危ないから、宝石もらってもいい?」
「うん……」
「ありがとう。次からああいう石を見つけたら、怖い人たちが来る前に僕たちに渡してくれる?」
何度も頷く女の子。よっぽど怖かったのだろう、今度は素直にカオストーンを手渡してくれた。これでひとまずは解決だ。
幼い彼女の心に傷をつけるのみならず、肉体への攻撃さえ厭わなかった奴らの非道さに今更ぞっとしてくる。今度こそ膝が震えた。喉がとても渇いていることに気づいて、唾を飲み込むのに時間がかかった。
女の子を人気のあるところまで送ってから、僕たちは埠頭を後にする。
神威くんは無言で僕の数歩先を歩いていってしまう。
「うまくいってよかったね」
そう声をかけても、返事はしてくれなかった。
余計なことをしただろうか。たしかに何もできないのに考えもなく動いてしまって、迷惑をかけたかもしれない。ただの無茶を、神威くんに助けてもらっただけなのかもしれない。
しばらく黙って二人で歩いた。ペースの異なる二人分の足音と少し遠い波の音だけがする。
時間がたっぷりかかってしまったのでもう夕方だ。海が、街が、見渡す限り茜色に染まっていく。向こうの方は端が青みがかっている。
「……今日、俺がいなければお前はどうなっていたかわからないぞ」
神威くんがぽつりと呟いた。
「かもしれないね」
頬に当たる風が少し冷たい。
「お前、一人だったらどうしていたんだ?」
「……それでも、あんな小さい子のこと見過ごせないよ」
怒られるとわかっていても、正直に答えた。後ろから表情はうかがえなくても、きっと端正な顔がぎゅっとしかめられていることだろう。
神威くんはかぶりを振った。
「奴らは洗脳されているんだぞ。善悪の判断も倫理観も書き換えられた、躊躇もすることがない、カオスイズムの傀儡だ」
前を向いたままの神威くんは、自分がそうなっていたかもしれない未来をそこに見ているのか、ひどく苦々しそうに口走った。
「連中の前に正義感だけで突っ走るのは馬鹿だ」
自分を大切にしろ。他でもない神威くんからそう言われるなんて、僕はよっぽどの無鉄砲に映っているのだろう。
実際、そうでしかないのかもしれない。少しでも力になりたいと、誰かを守りたいと、そう思って行動してもやっぱり追いつけない。仮面ライダーにも、きっと父にも。
でも、もう誰も……神威くんを失いたくないから。あの夢のように何もできないままの自分は嫌だ。
変わらない気持ちはただの意地なのだろうか。父を超えたくて、幼稚なプライドに固執しているだけなのだろうか? 自分の靴に視線を落とすと、額が背中にぶつかった。
「わっ」
思わず口にして顔を上げると、立ち止まった神威くんがまっすぐ僕を見ていた。
彼の整えられた前髪が海風に吹かれて、ぱらぱらと額に長い影を落とす。
「お前を失う未来などあってたまるか。そういうときは、この俺を呼べ」
目を合わせることを躊躇わず、僕の知らない内側まで暴かれてしまうような真剣な眼差しだった。
夕日が彼の曲線を照らして、深く陰影を作る。光がゆっくりと白い頬を滑っていく。それが綺麗で、そっと視線を合わせた。
彼の瞳はとても美しくて、いつまでも見ていたくなるから、世界が止まったかのように何も話せなくなる。だから、僕たちは同じことを考えているのかもしれないと気がつくのに、少し時間がかかった。
かすかに薫っていた潮の匂いより、今は彼の香水の方が近く感じられる。
ああ、ずっとそばにいられたらいいな。夢の傷と同じくらいの強く僕の心が突き動かされるのは、きっと神威くんが好きだからだ。
僕は次の言葉を決めて口を開いた。生きているうちにしか言えないこと。彼越しに見える空には金星が掲げられて、とくんとくんと鼓動のリズムで瞬いていた。