interlude

「はああ〜、どうしよ……」

 視線を落とした靴の先には、猥雑な工業地区の街並みを一望する景色が広がっている。
 ここは、廃ビルの屋上。いつものようにカオストーンの目撃情報が入りマッドガイに連絡を取ったところ、荒鬼くんと阿形さんはアルバイト中だったので、神威くんと現場に向かうことにした。回収するまでカオスイズムの戦闘員の邪魔も入らず、順風満帆に思えた調査だったけど——屋上まで上がってくるために使ったぼろぼろの非常階段が朽ちてしまったのだ。手すりごとぽっきり折れて、錆びた踏み板が地上に落下していくのを呆気に取られながら見下ろして、何分経つだろう。雨と風に曝されてごみごみと汚れた屋上に、神威くんと二人きりでいた。
 ライダーフォンを確認すると十七時だった。きつい西日がまだしぶとく角度をつけて差していて眩しい。神威くんはこの状況にもかかわらず、ぼんやりとした様子で佇みながら、カオストーンをオレンジ色の光線に透かすようにして弄んでいる。

「……なんか、あのときを思い出すね」

 その何かに没頭するような横顔を見ていたら、まだ三人がクラスを結成する前、カオスワールドでスケボーパークの地下水道に二人きりで閉じ込められたときのことを思い出して、僕は独り言のように呟いていた。
 口にしてからはっとしてうつむく。思い出話をするほど呑気な事態ではない。気まずい感情が去来する。そっと顔を上げると、神威くんは無言でこちらを見つめていた。
 あのとき彼から言われた言葉を、強く覚えている。神威くんと二人で、彼のカオスワールドについて空想した。
 彼の本能が創造する世界を二人で見てみたいと思ってしまったこと。
 思い出すと、少しだけ胸が痛くなる気がする。僕は目を逸らして、胸に手を当ててぎゅっと握った。
 とびきり不謹慎でタブーな好奇心は、まだ僕に麻酔をかけているのだろうか。

「……あれは、俺とお前だけの秘密にしろ」

 いきなりそう言われて視線を戻すと、鈍いマゼンタの瞳に強く引き寄せられて、離せなくなった。
 僕と彼の間にあるのは、拙い約束と、昼間より幾分息を潜めた獰猛な夏の気配だ。

「……うん」

 僕は小さな声で返事するのが精一杯で、エージェントとして大事なことは何も言えなかった。

「ところで、だが」

 神威くんの方から視線が逸らされて、僕はこっそり胸を撫で下ろした。一気に汗をかいた心地がする。
 ぬるい風が頬にそよいでいって、この熱を冷ましてしまえばいいのにと思う。

「このくらいの高さなら、変身すればお前を抱えて飛び降りるくらい造作もない」
「……え?」

 思い至らなかった解決策をなんでもないように提示されて、僕は歓喜すると同時に絶句する。え? この高さから?

「何を呆けている。早く立ち去らねば、カオスイズムの手先がやって来るかもしれんぞ」

 多分表情に出ているのだろう、神威くんが形のいい眉を吊り上げた。

「変身」

 目の前でさらっと仮面ライダーに変身した彼がつかつかと近づいてくる。僕が困惑でもたついている間に腰に手を回され、お姫様抱っこをされた。いきなり距離が縮まって、ひえ、と変な声が出そうになる。
 ライダースーツの硬い感触の向こうに、たしかに神威くんの熱を感じた。

「本来、俺の芸術のためだけにあるこの尊き腕でお前を抱えてやること、光栄に思えよ。さあ飛び降りるぞ」
「ええ〜〜!」
「喚くな! いくぞ」

 嵐のような勢いのまま、身体が浮く感覚がして、あ、もうダメ、そう思って目を閉じる。
 僕の悲鳴は昼のように明るい夕空に響いていった。太陽は未だ全然沈まず、彼の腕の中にある僕の胸まで焼きついて跡を残していった。